ひとりで
山登りをしていると、
「おいッ、
兄ちゃんッ!」
と背後から声をかけられた。
ふり向くと
中年男性が立っている。
「アンタ、
まさか自殺でも
する気じゃないだろうな」
こちらを
にらみながら言う。
失礼な態度と物言いが
癇にさわって
「そんな気はない!」
と強く否定した。
すると男は
「……いやいや
すまないね。
以前そんなことが
あったもんだから
パトロールを
しているんだよ」
と頭を下げると
「山にはな、
神様が住んでいるからさ、
絶対に
汚しては
いけないんだ」
そう続け、
人懐こい笑顔を浮かべた。
「山はな、
1座、2座って
数えるだろ?
あれは
神様の座るところ
って意味なんだよ」
そんな豆知識を
教えてもらったあと、
Sさんと男は
ふたりで山を登ることになった。
なかなか話のうまい人で
Sさんも楽しい気分になる。
もう少しで山頂だ、
というところで
急に男が
立ち止まった。
「どうしました?」
Sさんがたずねると、
「ここから先は
ひとりで行ってくれ」
固い表情で言う。
「なぜです?」
不思議に思っていると、
「オレは
山頂に行く資格が
ないんだ。
……昔、
この山を
汚してしまったからな……」
男はせつなそうな
笑顔を浮かべ、
煙のように
目の前で
消えた。
すきま怪談➁~死シャゴニュウ (桜洋出版)
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