ジョギング2。

前に話した
清掃工場の一件以来、

清掃工場の方面には
向かわなくなったんですよ。

その手前の歩道橋を渡って、
川の向こうにある
公園を折り返し地点にしたんです。
 

で、
ある春の夜

また
長い髪をひとつにまとめて、
走り始めたんです。

そのころって
湿度も低くて、

運動するにはピッタリの時期ですよね。

夏の名残をひきずる秋なんかより、
よっぽどいいでしょ。


ほどなくして公園に着いて
ジャリ道を進むと、
いつものベンチで休憩するんです。

そこは東屋(あずまや)のようなつくりになっていて、
園内すべてを見渡せる位置にあるんです。

髪をほどいて
はぁはぁと乱れた呼吸を落ち着かせてたら、

すごく心地いい風が吹いてきたんです。

まるでね、
シルクとか、
女性の長い髪にでもなでられているような感触の風。

アルバイトの疲れもあって、
目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだったんです。


でもね。
そのとき、ピタリと風が止まったんです。

それだけじゃなく
イヤな熱気と、
なにかの圧力を感じたんですよ。

背後から。
真後ろから。

とっさにふり向いたら、
そこに、男が立っていたんです。

背中ピッタリに。
大男が。

男は無言で、無表情。

ただこちらを、じっと見下ろしている。

おどろいたけど、
視線をはずしてはいけない気がして、

こっちも下から
にらむように大男をじっと見た。

数分の沈黙。

すると大男は急に興味を失くしたみたいに、
ぷいっと立ち去っていった。

なんだよ。
なんなんだよ、アイツ。

かるく動悸がする。

でもその大男のうしろ姿を見ながら、
おかしな点に気がついたんです。

白いクツ下のまま
歩いているんです。

クツは左手に持っている。

どうしてだろう?

クツ持ってるなら
はけばいいじゃん。

そう思ったとき、

あの男、
足音がしていないッ!

って気づいたんです。


公園の中には
ジャリがひいてある。

歩けばかならず、
クツで小石をふみしめる音がする。

でも、
クツ下で歩く男の足音は聞こえない。

だからこそ、
背後に立たれるまで、
いっさい気がつかなかった。

足音を消すために、
あえてクツを脱いだ?

どうして?

どうして、
そんなことをする必要が……?

襲うため?

背後から、
襲うために足音を消した?

ジョギング中で
金なんか持ってきていない。

自動販売機で
飲み物を買う小銭があるだけだ。

でも、
こちらの所持金の額を

あの男が知るはずもない。

もし背後の気配に気づかずに、
ふり返らなかったら

首でも
しめられていたかもしれない――。


そう思った瞬間、
ぞわぞわと全身に鳥肌がたった。

男は悠然と
公園の南側出口へむかって歩いている。

ボクは
そちらとはちがう方向、
北側の出口へとむかった。


翌日、
そのできごとを家族に話すと、

「あんたさ、
 女だと思われたんじゃないの?」

と笑われた。

「夜中にさ、
 髪の長い人が誰もいない公園にいて、
 
 はぁはぁ荒い呼吸してたら、
 変質者の興味を持つんじゃない?」

たしかに髪が長い。

そして
紫色のウェアを着ていた。

うしろ姿だけなら
女性に間違われてもおかしくはない。

「……じゃあ、オレ、もしかして」

「もうすこしで痴漢されたんだよ」

そう
からかうように笑った。


それ以来、
ジョギング熱は冷めていったんです。

髪の毛だって
さっぱり切りました。



・・・女の人って、
ああいう気持ち悪い経験をしてるんですよね。

大変ですよね。

あー
アイツの目、

ほんとうに気持ち悪かったな~。。。


      



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