天獄ランデヴー  第2話  『両断』




殺人事件の現場である、勝山なかよし公園。

そこは、農業高校から二キロほどはなれている大きな公園だった。

東京のベッドタウンにあるこの場所は、あらたに整備されたばかりで、犬の散歩やウォーキングなどで毎日たくさんの人たちがおとずれている。

いわば地域住民のいこいの場であった。

そんな平和を具現化したような公園内に、立ち入り禁止の黄色いテープがはりめぐらされ、不穏な雰囲気が満ちている。

警察関係者がバタバタといそがしそうに走りまわっていることが、さらにイヤな予感を増大させる。

ヤジウマをかきわけ、ビニールシートで囲われた目かくしの中に入っていく山端。

それに国分と凌羽がつづく。


「あ、凌羽くん、あれだよ」


国分が指さす。

クリーム色の公衆トイレ。

その壁に、ふたりの男がはりつけになっている。


ひとりは前面をむき、目玉の落ちた顔面をさらしている。

ふたりめはこちらに背中を向けていた。

大の字にひろげた両腕と両足。

頭部、胸と腰。

その五ヶ所に金属の杭が突きたてられている。

ふたりのようすは、まち針に刺された昆虫の標本を連想させた。


しかし、なにか違和感がある。

じっとよく見る。

そして、その謎が解けた。

薄い。

あきらかに体が薄い。

ひとりなのだ。

ふたりではなく、ひとりの人間なのだ。

魚をおろすかのように、体の側面で両断された、ひとりの人間。

その前後が、一枚ずつにわけられているのだ。


「ひどいな、これは……」


展示会でもしているような死体に、国分がひとりごちる。


「おい、内調のガキ。ここらでゲロ吐くんじゃねえぞ、吐くならむこういけよなッ!」


山端がいう。

たぶん凌羽が、凄惨なこの場面にたえられず、気分を悪くするだろうとふんで事前に注意したのだ。

だがあんがい平気な顔で、壁にかけられた死体を見あげている。

そんな凌羽を、鑑識たちも、なんだコイツは、と煙たがった。


「あのう、山端さん。この死体に刺さってる金属の杭って、鉄棒じゃないですか……?」


惨殺体を指さしながら、凌羽がたずねる。


「おん? ああ……。たしかにこの公園の鉄棒が切りとられて使われているようだな」

 
「あと、もうひとつ。血液の量もすくないですし、内臓も落ちていませんから、もしかして、殺害現場はべつの場所ですか……?」


「おう。公衆便所の中のようだ」


たてつづけに展開された推理に、山端が躊躇なく返答した。

凌羽はためらわずトイレの中をのぞく。

濃厚なラズベリーソースに似た紅色の血液が床を染めていた。

被害者の腹からでた大量の臓物は、長いホースのようにとぐろを巻いている。

切断された腸壁からは大便がこぼれ、すさまじいニオイをはなっていた。

気を強くもたなければ、こみあげる吐き気にたえられない。

ぶおぶおと、いまいましいハエの羽音が聞こえた。

こんな環境をよろこんでいるのは、空腹をかかえているハエたちだ。

ここでもおまつりさわぎで飛びまわっている。


「……血のかわきぐあいから、犯行はほんの数時間前ですか?」


「……おん? そのようだな」


あいかわらず、凌羽は平然としている。

山端には、高校生の凌羽が、この現場で気分を悪くしないことが意外だった。

警察官になりたてのころは、自分だってこみあげてくるものをおさえられなかったのに。

そのせいで何度も先輩にどやされたというのに。

いったいコイツの肝の座りようはなんだっていうんだ。

認めざるをえない部分が、すくなからずあるようだ。


「身元はわかっているんですか?」


凌羽は質問をつづけた。


「おん? ……いや、この公園のすみでくらしているホームレスらしいが、素性はわかってない」


凌羽の問いに、山端が答える。


「そうですか……」


いいながら胸ポケットにあるボイスレコーダーをとりだす。

いや、だそうとした。


「あれ? ……おかしいな……」


 凌羽があせった顔で首をかしげる。


「どうした、凌羽くん?」


 そのようすに気づいた国分がたずねる。


「ポケットに入れておいたレコーダーがなくて……」


「え……? さっきの学校で落としたんじゃない……?」


「そ、そうかも知れません。マズイな……。ちょ、ちょっとすみません、見てきます!」


「ああ。気をつけてな。道に迷うなよ」


「あ、はい。じゃ、ちょっと失礼します」


去っていく凌羽のうしろ姿を、理解力のある兄貴分を気取った国分が見送る。

すこしでもいい印象をあたえようとしているのだ。

山端はそんな国分の計算などおかまいなしに、


「おい、あの若造がいっちまったんならおまえも捜査に集中しろッ! このまま犯人がわからなければ警視庁との合同になるぞ。ヤツらに恥をかかされたくなければ、有力な情報を手に入れるんだッ! 足を使っていくぞッ!」


そう、発破をかけた。

国分も、きびしい刑事の顔つきに切りかわる。

そのとき不意に、


「あのう、山端刑事……」


背後から声をかけられた。

ふりむくとそこに、現場保存のために牧場に残してきた巡査が立っていた。






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