殺人事件の現場である、勝山なかよし公園。
そこは、農業高校から二キロほどはなれている大きな公園だった。
東京のベッドタウンにあるこの場所は、あらたに整備されたばかりで、犬の散歩やウォーキングなどで毎日たくさんの人たちがおとずれている。
いわば地域住民のいこいの場であった。
そんな平和を具現化したような公園内に、立ち入り禁止の黄色いテープがはりめぐらされ、不穏な雰囲気が満ちている。
警察関係者がバタバタといそがしそうに走りまわっていることが、さらにイヤな予感を増大させる。
ヤジウマをかきわけ、ビニールシートで囲われた目かくしの中に入っていく山端。
それに国分と凌羽がつづく。
「あ、凌羽くん、あれだよ」
国分が指さす。
クリーム色の公衆トイレ。
その壁に、ふたりの男がはりつけになっている。
ひとりは前面をむき、目玉の落ちた顔面をさらしている。
ふたりめはこちらに背中を向けていた。
大の字にひろげた両腕と両足。
頭部、胸と腰。
その五ヶ所に金属の杭が突きたてられている。
ふたりのようすは、まち針に刺された昆虫の標本を連想させた。
しかし、なにか違和感がある。
じっとよく見る。
そして、その謎が解けた。
薄い。
あきらかに体が薄い。
ひとりなのだ。
ふたりではなく、ひとりの人間なのだ。
魚をおろすかのように、体の側面で両断された、ひとりの人間。
その前後が、一枚ずつにわけられているのだ。
「ひどいな、これは……」
展示会でもしているような死体に、国分がひとりごちる。
「おい、内調のガキ。ここらでゲロ吐くんじゃねえぞ、吐くならむこういけよなッ!」
山端がいう。
たぶん凌羽が、凄惨なこの場面にたえられず、気分を悪くするだろうとふんで事前に注意したのだ。
だがあんがい平気な顔で、壁にかけられた死体を見あげている。
そんな凌羽を、鑑識たちも、なんだコイツは、と煙たがった。
「あのう、山端さん。この死体に刺さってる金属の杭って、鉄棒じゃないですか……?」
惨殺体を指さしながら、凌羽がたずねる。
「おん? ああ……。たしかにこの公園の鉄棒が切りとられて使われているようだな」
「あと、もうひとつ。血液の量もすくないですし、内臓も落ちていませんから、もしかして、殺害現場はべつの場所ですか……?」
「おう。公衆便所の中のようだ」
たてつづけに展開された推理に、山端が躊躇なく返答した。
凌羽はためらわずトイレの中をのぞく。
濃厚なラズベリーソースに似た紅色の血液が床を染めていた。
被害者の腹からでた大量の臓物は、長いホースのようにとぐろを巻いている。
切断された腸壁からは大便がこぼれ、すさまじいニオイをはなっていた。
気を強くもたなければ、こみあげる吐き気にたえられない。
ぶおぶおと、いまいましいハエの羽音が聞こえた。
こんな環境をよろこんでいるのは、空腹をかかえているハエたちだ。
ここでもおまつりさわぎで飛びまわっている。
「……血のかわきぐあいから、犯行はほんの数時間前ですか?」
「……おん? そのようだな」
あいかわらず、凌羽は平然としている。
山端には、高校生の凌羽が、この現場で気分を悪くしないことが意外だった。
警察官になりたてのころは、自分だってこみあげてくるものをおさえられなかったのに。
そのせいで何度も先輩にどやされたというのに。
いったいコイツの肝の座りようはなんだっていうんだ。
認めざるをえない部分が、すくなからずあるようだ。
「身元はわかっているんですか?」
凌羽は質問をつづけた。
「おん? ……いや、この公園のすみでくらしているホームレスらしいが、素性はわかってない」
凌羽の問いに、山端が答える。
「そうですか……」
いいながら胸ポケットにあるボイスレコーダーをとりだす。
いや、だそうとした。
「あれ? ……おかしいな……」
凌羽があせった顔で首をかしげる。
「どうした、凌羽くん?」
そのようすに気づいた国分がたずねる。
「ポケットに入れておいたレコーダーがなくて……」
「え……? さっきの学校で落としたんじゃない……?」
「そ、そうかも知れません。マズイな……。ちょ、ちょっとすみません、見てきます!」
「ああ。気をつけてな。道に迷うなよ」
「あ、はい。じゃ、ちょっと失礼します」
去っていく凌羽のうしろ姿を、理解力のある兄貴分を気取った国分が見送る。
すこしでもいい印象をあたえようとしているのだ。
山端はそんな国分の計算などおかまいなしに、
「おい、あの若造がいっちまったんならおまえも捜査に集中しろッ! このまま犯人がわからなければ警視庁との合同になるぞ。ヤツらに恥をかかされたくなければ、有力な情報を手に入れるんだッ! 足を使っていくぞッ!」
そう、発破をかけた。
国分も、きびしい刑事の顔つきに切りかわる。
そのとき不意に、
「あのう、山端刑事……」
背後から声をかけられた。
ふりむくとそこに、現場保存のために牧場に残してきた巡査が立っていた。
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