右足をうしなった山端にあせりはなかった。
そのようすに、どんな根拠があるのかと凌羽は観察する。
そのとき、足の切断面から、大腿骨(だいたいこつ)がしゅるしゅるとのびた。
切り落とされずに残存していた骨の一部が変形し、地面にむかってのびていくのだ。
そして骨の先端が鋭利になる。
「あ」
その変化を見た凌羽はピンときた。
山端の爪がのびて剣化したときと酷似しているのだ。
案の定、のびつづけた大腿骨の一部はひとふりの刀となった。
そして失った右足のかわりに、大地に刺さって体を支えた。
出血はぴたりと止まっている。
「ふかか。……でな、こんなこともできるぞ」
得意気な顔で、山端は左肩を水平にあげる。
二の腕から先は奈々未によって切り落とされ、欠損している。
その断面から、白いものがのびていく。
腕の骨である。
やっかいなことになりそうだ、と凌羽がうれう。
危惧はすぐに現実になった。
二の腕からのびた骨も剣になったのだ。
「くそッ!」
凌羽は歯がみする。
苦労させられた山端の両手の刀。
奈々未がやっとのおもいでその左腕を奪ったのに、こうも簡単に再生してしまった。
さらには右足の刀も加わっている。
「ふかかかか。どうだ? これで、何の不自由もないぞ。もとの体と同等だ。ああ、おまえたちにとっては、もとの木阿弥(もくあみ)ってやつだな? ふかかか」
両手をひろげて不気味におどける。
「ひとつ、いいことを教えてやろう。オレはな、全身の骨を、刀に変えられるのさ。だからな、おまえらが必死こいて手足を奪っても、痛くもかゆくもないんだよッ!」
手足を奪えば戦闘力をそげるとおもっていたのは、見当ちがいだったのだ。
あんぐりと口を開く凌羽を見て、山端はまた笑った。
凌羽は頭の中で算段する。
ならばこのあと、いったいどう攻めようか。
山端の顔面には五つの目があって、それがせわしなくぐるぐると回っている。
その視界に死角があるとすれば、それは真うしろだけだ。
どうにかして背後から強烈な一撃を入れることができれば、戦況を自分のものにできるかもしれない。
そのためには――。
「ふかかかか。どうした? なにか、計算でもしているツラだな」
思案する凌羽を、山端がからかう。
「……ああそうか。背中か? おまえの狙いは、オレの背中なんだな?」
見抜かれてしまった。
それは山端自身が、自分の弱みとして認識していたからであろう。
「なら、見せてやるよ、おら」
なんの迷いもなく山端は背をむけた。
「おん? どうした。きてみなよ、おら」
半笑いで誘いかける。
おそらくは罠である。
なにか仕掛けてくるにちがいない。
そう推測した凌羽は、踏みだせない。
「おんれ? こないか。ふかか。さすがにそこまでバカではないんだな。……じゃ、もったいぶってもしかたないか」
いいながら、山端は猫背になる。
上半身はさっきからずっと裸だ。
酒と脂肪でまんじゅうのようになった中年の半裸姿を、いつまでも見つめている気はない。
「なんなんだよ、おっさん」
凌羽がじれて問う。
「まぁ見てな」
そう返事をすると、
「むぅぅぅんッ」
と山端は全身に力をこめた。
上半身が紅潮する。
次の瞬間、ぷすん、ぷすん、と音を立て、延髄(えんずい)から尾てい骨にかけた背骨にそって、刀がいくつも生えてきたのだ。
「まだまだァ」
つづけて、肩甲骨やろっ骨の背面部分からも無数の刀が突きでてくる。
その風貌はヤマアラシのようだった。
もしも山端の誘いに乗って不用意に攻めていれば、凌羽はこの刃たちの餌食になっていたことだろう。
「ふかかかか。どうだ、おん? これで、死角は一切なくなったぞ。さぁ、どうする?」
喜々とした表情で、困惑する凌羽をながめる。
たしかにこれで、わずかなすきもない。
攻めどころが無くなってしまった。
山端はゆっくりとこちらにふり返ると、ニヤニヤしながら凌羽を見すえる。
「さ、遺言を残しな。あの娘に伝えといてやるぞ」
山端が好戦的な笑みを浮かべた。
「くッ!」
凌羽がかまえる。
「さて。じゃ、おまえをたおして、自由を手に入れるか」
いって山端が踏みこむ。
突き出した右の刃を、凌羽が瞬時にかわす。
「ほう」
山端が感心した。
最初の一撃で勝敗をつける気だったからだ。
奈々未からふだん、合気道や剣道の練習相手をさせられている凌羽だからしのげたのだろう。
凌羽のゲンコツが、体の流れた山端の脇腹を狙う。
拳はオーラの炎をまとっている。
しかし五つの目に見すかされ、回避された。
今度は逆に、かわされた凌羽の体がわずかに流れてしまった。
山端は見逃さない。
すぐに剣化した右足で蹴りあげる。
その刃が凌羽の胸部をザックリえぐった。
血しぶきが飛ぶ。
「――かはッ!」
苦悶の表情で、凌羽が距離を置こうとする。
だが、山端はつめる。
その側頭部に、凌羽は拳をあわせた。
軽トラックの衝突と同等クラスの一撃が決まれば、山端もただではすまない。
だが山端はかがみ、凌羽のゲンコツをかわす。
そして、その姿勢のまま、両太ももに斬撃を入れた。
凌羽の左右の足を深く切りつける。
「ぬぐァッ!」
凌羽は激痛に声をあげる。
両足に大ダメージを受けた。
これで動きのほとんどを封じられた。
もう山端からの攻撃に対処できなくなる。
凌羽は青ざめ、冷や汗をたらす。
「ふかかか。どうした? なぐりつけることしか能がないおまえは、さっきの娘よりもたやすいな」
勝利を確信した山端は、たからかに笑った。
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