結界病棟  第5話  『ひとりかくれんぼ』



ひとりかくれんぼ……?

いつだったか、耳にしたことがある。

たしか、こわい遊びのことだったとおもう。


「ごぞんじですか?」


円了がそう聞いてきたので、


「ええ、名前だけは……」


ミチルが自信なさげにうなずく。


「じゃあ、かんたんに説明しますね」


そういって教えてくれた。


ひとりかくれんぼ。

あるいは、ひとり鬼ごっこともよばれるそれは、有名な都市伝説のひとつである。


まず、ぬいぐるみを一体用意する。

その腹部を切り裂き、中に入っている綿などを引きぬく。

そして引きぬいた詰めもののかわりに、空になった腹を満たすだけの米を入れる。

同時に自分の体の一部を入れる。

爪や髪の毛、あるいは皮膚や体液、血液などだ。

該当するものを詰め込んだあとは、針を使い、裂かれたままの腹部を縫いあわせる。

その際は、血管を表現しているという赤い糸を使用する。

そしてあまった赤い糸は、ぬいぐるみの首や体に巻きつけておく。

最後に、ぬいぐるみに名前をつけてやる。

ここでは仮に、☓☓としておく。

これで呪物の完成である。


つぎは、儀式の方法である。

まず塩水をコップに入れ、押し入れなど、あとで自分がかくれる場所に置いておく。

そして、午前三時になったら、


「はじめはわたし、〇〇(自分の名前)が鬼だから」


とぬいぐるみにいって聞かせる。

これを三回くり返したあと、浴室に行き、水のはってある風呂にぬいぐるみを入れる。

いったん部屋にもどり、テレビ以外の光源をすべて切ってから、目を閉じて十まで数える。

数え終えたら包丁などの刃物をもって浴室に行く。

そして、


「☓☓、みーつけた」


と、あらかじめつけておいたぬいぐるみの名前を呼ぶ。

呼んだらすぐに、ぬいぐるみに包丁を突き立て、


「つぎは☓☓が鬼だからね」


とぬいぐるみに告げる。

ただ刃物を突き立てるだけではなく、縫いあわせた赤い糸を切る、というパターンもあるらしい。

これをきっかけに、鬼が入れかわる。

つまり、こんどは自分がかくれる側になり、ぬいぐるみが探す側となるのだ。

そのときには、最初に塩水を置いた場所に身をかくすことになる。

一時間ほどその場所にとどまり、なにごともなければ、ひとりかくれんぼに勝利したこととなる。

その際は、コップの塩水を半分口にふくみ、かくれ場所からでる。

そして、くだんのぬいぐるみにコップの中の塩水をかけ、つづけて口の中の塩水を吹きつけ、


「わたしの勝ち」


と声にだして勝利宣言を三回くりかえし、儀式は終わる。

その後ぬいぐるみは、焼くなどして処分しなければならない。

やり方についてはいくつかのパターンがあるようだが、おおよそはこんなかんじである。


この、ひとりかくれんぼがなにを目的にしているのかといえば、それは降霊であろう。

この世をさまよう霊は、自由になる肉体をつねに探している。

その霊たちの依代(よりしろ)となるのが、このとき作られるぬいぐるみである。

ほとんどの場合、気のせいで終わるが、実際に恐怖体験をしたという話もあり、いたずらにひとりかくれんぼの儀式をおこなうのは危険であるとおぼえておくべきだ。


ざっとひとりかくれんぼについて教えてもらったミチルは、


「じゃあ、そのクマはその儀式につかわれたものなんですか……?」


おそるおそるたずねると、


「ええ、おそらく……」


円了が肯定する。

たしかにクマの首には赤い糸がグルグル巻きになっている。

腹部にもおなじ糸で縫いあわせた傷あとがある。

体毛でよく見えなかった左胸のあたりには、刃物による刺し傷のようなものも見えた。


「ミチルさんが抱きあげたとき、〈ミチルみつけた〉ってクマがいったんですよね?」


「は、はい。まちがいありません。たしかにいいました」


「ミチルさんにおぼえがなければ、それはつまり、このクマをつかってひとりかくれんぼをした誰かが、ミチルさんの名前を勝手に名乗ったということでしょう」


「ま、まさか、わたしが知らないうちに儀式に参加させられてたってことですか……?」


「ええ」


円了がうなずく。


「じゃ、じゃあ、そのクマの中には、わたしがの体の一部が入ってるってことですよね?」


「そういうことになります」


ミチルは愕然とする。

知らないところで、誰かが自分に悪意をもっている。

こんな気味の悪さは、いままで経験したことがない。


「ただね、ひとりかくれんぼなんかやっても、ふつうはなにもおこらないんですよ。儀式をおこなうことで神経が高ぶって過敏になるから、ただの家鳴りさえ、霊的なものにかんじてしまうのが怪異の正体です」


ここにきて信用してくれないのかとミチルはあせり、


「でも、ほんとうに声が――」


いいかけると、


「わかってます」


円了がうなずき、


「そこが問題なんです」


といった。


「たいていはただの気のせいなんですが、でも今回ははっきりとした呪障(じゅしょう)があります」


「じゅしょう……?」


知らないことばだ。


「ええ、つまり、呪いがきっかけでおきる、さまざまな災いのことです。あなたが十日間に体験していたこと。そして、今日のこと」


円了はいいながら立ちあがると、


「ここですこし休憩していてください」


ミチルにいってケースを手に部屋をでていった。

たてつづけにいろいろあって疲れがでたのか、ミチルは意図せずおおきなため息をついた。

それに気づいた女性看護師の峰岸が、


「すこし横になりますか?」


と診察用の簡易ベッドで横になるかたずねてきた。

「あ……、だいじょうぶです」


ミチルが遠慮する。

すると今度は、円了のデスクからウルトラミントのどアメに手にし、


「先生のだけど、もうひとつぶもらっちゃいましょうか」


いたずらっぽくほほえんだ。

そしてミチルにひとつぶわたし、自分も口にほおりこむ。


「んん~ッ、効くぅ~」


顔をしかめ、ウルトラミントのどアメの刺激に耐えている。

そのようすを見ていたミチルにも、


「ホラホラ、なめちゃって」


そうすすめ、ミチルが刺激で顔をしかめて、


「ん~ッ」


と声をだすと、


「効くわね~」


共感するように笑う。

この人は、重くなった室内の空気を変えようとしてくれているんだと気づき、


「ありがとうございます」


ミチルは礼をいった。

すると峰岸は笑顔でうなずき、


「じつはわたしも過去にいろいろあって、円了先生に恩があるんですよ」


そう告白した。


「あの先生ね、時間ができると森林浴にいったりしてね、あやしいから何度も職務質問されて」


峰岸がクスクス笑う。

つられてミチルも笑った。

たしかに落ち葉の中に人がいたら、誰だっておどろくはずだ。


「でもね、信用できる先生よ」


やさしいまなざしでミチルをみつめた。

そうなんだろうな、とおもい、


「はい。そんな気がします」


と、うなずいた。


「なんでもね、自然の中に体を置くと、蓄積した悪意が消えていくんだって」


「そうなんですか?」


「わたしにはよくわからないけど、先生はそうらしいの。……だって、こんな仕事でしょ。精神的な疲労ははかりしれないとおもうんです」


「え。こんな仕事って……。お医者さん、ですよね……?」


「あれ? 先生から聞いてませんか?」


「え?」


「ここ、ふつうの病棟じゃないんですよ」


ミチルの目を、じっと見つめながらいった。




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