2021年10月16日

結界病棟  第19話  『廃墟』



午後からも重要な用事がなかった円了は、予定をすべてキャンセルして茨城県の廃墟にむかった。

病院をでてくるとき、峰岸にひとこと断ってから出発しようとおもったが、体調を崩し、点滴をうって寝ているという。

しかたなく診察室のデスクの上に行き先だけメモ書きして残してきた。

途中のコンビニでおにぎりやお茶を買い、車内でかんたんな昼食をすませた。

そのさい、目的地の廃墟についてスマホで検索していると、地元や周辺の若者には有名な心霊スポットだとわかった。

何人もの人間が自殺した場所というウワサがあるが、実際どのようなことがあったのかはわからなかった。

ネットは便利なものだが、ほしい情報が得られないこともある。

また、尾ひれはひれがついて原型をとどめなくなることもある。

めんどうではあるが、足を使い、現地で情報を集めたほうが正確で具体的な話が聞けたりすることは多い。

今回もそのパターンのようだ。

茨城に入り、カーナビをたよりに進んでいくと廃墟に近くなってきたのがわかった。

そしてすこし先に、家の跡が見えてきた。

ノボルから聞いたとおり、基礎部分しか残っていない。

あれか。

あれが、黒電話を貸りたという古民家のあった場所か。

するとそろそろ、電波が入らなくなるんだな。

そうおもっていると、不意にスマホが鳴ってドキリとした。

円了は路肩に車を停め、画面を見ると、〈事務局長〉と表示されている。

病院でなにかあったのかとすぐにでると、


「先生ッ、ちょっとトラブルがありましてッ」


いつも冷静な事務局長が荒い呼吸でいった。


「じつは入り口前で立ち番していた警備の人間が、ふたりともたおれていましてね、すぐに死亡が確認されたんですッ」


「え? 警備員さんが? なぜです?」


今さっき、病院をでるときにはあいさつもしたし、とくに異常はなかったはずだ。


「それが、ふたりとも昏倒して、そのまま嘔吐物で窒息したようで」


「ふたり同時に? なにか毒物でも飲んだんでしょうか?」


「くわしいことはこれから確認されますが、もうひとつ、イヤな予感がありまして」


「え?」


「第五病棟のまわりに植えてあるヒイラギとナンテンがぜんぶ枯れているんですよ」


ヒイラギはトゲのついた葉をもっている。

そのトゲを鬼がイヤがるという伝承から、魔除けの植物としてイワシといっしょに鬼門の方向に飾られたりもする。

イワシを飾るのは、鬼のきらいなニオイを発するからだという。

ナンテンは、難を転ずる、という語呂合わせと、赤い色の実は厄を除けるとされ、裏鬼門の方角に植えられることが多い。

第五病棟の周囲にも、庭木のかわりに大量のヒイラギとナンテンが植えられているのだが、それらが枯れているのだという。

事務局長は長く病院勤めをしているが、こんなことははじめてのことであるらしい。

魔除けと厄除けの力をもつ木が枯れているということは、その効力をうわまわるなにかが影響した、とかんがえられる。

そしてそのなにかによって、ふたりの警備員が命を落としたのかもしれない。

すぐに自分の手で検証したいが、今は茨城県にいる。

簡単にもどれる距離ではない。

さいわい、病棟には円了以外にも医師もいる。

今はその医師たちにまかせることにして、自分は廃墟にむかうことにした。


すこし車を進めると、すぐにスマホの電波がなくなった。

ちょうど、古民家の跡地のあたりだ。

ここで降車し、円了はスマホで写真を撮影しはじめた。

あとでカルテに貼付するためだ。

車を発進させ、国道の脇道にはいると、三階建ての廃墟はすぐに見えてきた。

ノボルがいっていたように、ひび割れたアスファルトがつづいている。

午後三時をすこしすぎている。

ノボルたちがおとずれたのとおなじような時間だ。

廃墟の手前に車を置く。

すると、建物の前にブレザーを着た女性が立っているのに気づいた。

こちらにふりかえったその体格や雰囲気から、女子中学生のようにおもえる。

円了は車から降りながら、


「こんにちは」


とあいさつをした。

すると女子中学生も会釈をしながら、


「もしかして、警察のかたですか?」


不安そうな顔でたずねてくる。


「いえ。ちがいますよ」


笑顔で否定すると、


「あー、よかった。誰かが通報したのかとおもって」


胸をなでおろしながらほほえんだ。


「ここって、心霊スポットだよね? こんな場所に、もしかして、ひとりで?」


周囲に仲間がいる気配はない。


「はい……。昨日、友だちとここにきたんです。それで、スマホをこの中で落としちゃったみたいで」


なるほど、それで拾いにきたのか。


「でも、怖いからみんないきたくないって、誰もついてきてくれなくて」


うつむいていった。


本来なら、円了が彼女のスマホに電話をかければそれで事はすむ。

だが電波の届かないここでは、それができない。


「そうなんだ。じゃあ、いっしょに探してあげようか?」


「え?」


「ボクはこの建物に用事があってね、中を調べたいんだよ。どうせなら、話し相手がいたほうがいいでしょ?」


円了がやさしくほほえむが女子中学生は警戒しているようだ。

当然のことだ。

初対面の男とふたりきりで心霊スポットに入っていく女性はいないだろう。

それで円了は胸ポケットから名刺をさしだし、


「じつは東京の病院でお医者さんをやってるんだけどね、ボクの患者さんがここで変な体験をしたっていうんだよ。それでね、その話がどれくらいホントのことなのか、ここに確認しにきたんだ」


噛みくだくようにいった。

すると、


「ふーん。円了先生っていうんだ……。ふーん」


まるで値踏みでもするように名刺と円了の顔を交互に見てくる。


「ま。先生、信用できそうだから、べつにいいか。それにホラ」


いいながらブレザーのポケットから電気カミソリのようなものを引きぬいて見せてきた。


「あ」


おもわず円了が声をあげた。

スタンガンだ。

女子中学生がスイッチを押すと、バチバチ、と青白い電気がはじける。


「そ、そんなものもってるの? 用意がいいね」


あいそ笑いすると、


「ころばぬさきの杖ってやつ」


無邪気に笑った。

初対面の大人にたいして、フレンドリーに話しかけてくるが、ふしぎとイヤな感じはしなかった。

彼女のもつあかるい雰囲気のせいなのかもしれない。


「それじゃあ、とりあえずよろしくね」


円了は女子中学生にむかって頭をさげると、


「こちらこそおねがいします。わたし、カズミっていいます」


スタンガンをブレザーのポケットにしまいながらいった。

さっそくカズミとふたり、中に入る。

円了が先を歩き、


「どのへんにスマホを落としたの?」


足もとに視線を落としながらいった。


「うーん……。よくおぼえてないんだよね。落としたのも気づかなかったし」


ものをなくす、というのはそういうものだろう。


「ところでさ、この場所ってどうして廃墟になったか知ってる?」


円了は話題を変える。


「なんかね、わたしが生まれるもっと前に、いっぱい人が自殺したんだって」


ネット情報とおなじことをいった。


「この建物で?」


一応聞くと、


「うん。そうみたい」


カズミは肯定した。

やはりそれ以上の情報はないのか、とおもいつつも、もうすこし話を掘ってみようと、


「ここ、どんな建物だったか知ってる?」


とたずねると、


「んー、ウチのじいちゃんがいうにはね、変な人たちがいたみたいだよ」


核心めいたことをいった。


「ウチのおじいちゃん……? ってことは、君のご家族はずっとこのへんに住んでるの?」


「うん。ずっと地元」


それは心強い。

地元の人なら、太い情報をもっている確率が高いのだ。


「で、おじいちゃんがいってた変な人たちって、なにかの団体?」


ふりかえらずに聞くと、


「――そうだッ!」


カズミが大声をだした。

急にうしろで声をはりあげたので円了はびっくりしたが、


「三階! 三階でなくしたの!」


おもいだせてうれしいのか、こちらの心情をくみとらずにはしゃぐ。


「いこう、三階! ね?」


カズミが笑いながらたのみこんでくる。

ノボルたちがコックリさんをやったという三階の部屋にもいってみたかったから、すぐに了承した。

周囲に高い建物がないせいか、三階からの見晴らしはとてもよかった。

円了がいっしょにいる安心感なのか、こんどはカズミが先をいく。

スマホをなくした場所に心あたりがあるのだろう。

廊下を歩きながら、各部屋の中をチラチラ確認しているのがわかる。

いくつか部屋をすぎたとき、


「あれ……?」


首をかしげて立ち止まる。


「どうしたの?」


すぐにカズミに追いついた円了がたずねると、


「あんなの、昨日、あったかな……?」


と室内を指さした。


その方向には、五十音の書かれた一枚の紙が落ちていた。



※ 
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posted by かさぎ たすく at 19:31| Comment(0) | 結界病棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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