これは、東京都の北区に住む、地域ネコのハナちゃんに聞いた話だ。
「あれはね、夏の終わりが近づいてきたころだったわね」
昼間はまだ暑かったが、朝晩には涼しい風が吹き、ずいぶんすごしやすくなってきた。
そんなある夜のこと、ハナちゃんはブロック塀の上で香箱座りして目を閉じていた。
すると駅の方から、二十代と思われる人間のオスが歩いてきたのに気づいた。
「スマホとかってやつの画面を見たままトボトボ歩いてきてね、あぶないな~っておもって見おろしてたの」
瞬間、ぞわりと寒気がして総毛だった。
「いきなりだったわ。前ぶれもなく殺気みたいのを感じておどろいてね」
ハナちゃんはおもわず立ちあがり、周囲を確認する。
だが、外敵となるようなネコもイヌもいない。
あいかわらず、歩きスマホをしている若者がこちらにむかって歩いてきているだけだ。
「でもね、わたしのいる塀のすぐ下に、人の気配がしてきたの。目には見えない空気がどんどん集まって、濃厚な人間の気配のかたまりになってね」
歩きスマホの若者はなにも気づかず、その気配にむかって歩いてくる。
「まずい、このままじゃぶつかっちゃう、っておもったときに」
おぉいッ!
という、男の怒鳴り声が聞こえた。
若者は、誰かにぶつかる、とおもったのか、あせった表情でスマホから顔をあげた。
だが当然、そこには誰もいない。
若者は周囲をキョロキョロ見まわし、自分以外いないことを確認してから首をかしげた。
「あの男の声がなんだったのかわからないけど、心あたりがあるとすれば」
すぐそばに一軒の廃屋があり、数日前そこで、ホームレスの男が死んでいた。
怒鳴り声をあげたのがその男かはわからないが、ハナちゃんはもう、その塀の上で休むことをやめたのだという。
※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。
ネコいぬ怪談
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