とある地方都市で座敷犬としてくらしている、トイプードルのケイちゃんに聞いた。
ケイちゃんの飼い主である四十代のY美さんは、体調を崩した義父のために、介護ベッドをレンタルした。
やってきたのは最高級のフランス製ベッドだった。
義父も大変よろこんでくれた。
しかし翌朝、
「もうこんなベッドには寝たくないッ!」
といいだした。
理由を聞くと、
「夜のあいだ、誰かがオレの顔をのぞいてくるんだよッ!」
とおびえた顔で答える。
そんなバカな……。
信じられなかったが、ものはためしに、と義父のベッドでひと晩寝てみることにした。
高級ベッドだけあって抜群の寝心地で、すぐに睡魔が襲ってきた。
ケイちゃんもしばらくはY美さんといっしょに寝ていたが、なんだか居心地が悪くなってきて、リビングにある自分の犬用ベッドにもどった。
それからしばらくして深夜十二時をまわったころ。
Y美さんはブツブツという人の声で目をさました。
高校生の長男が夜ふかしして、部屋でテレビを見ているのだろうと思い、わずらわしくって寝返りをうつ。
するとそこに、人の顔があった。
すぐ目の前。
鼻先に噛みつかれそうな距離。
「――イヒぃッ!」
おどろいてのけぞると、背中になにかがあたった。
おそるおそるふり返る。
そこにも人の顔。
あわてて飛びおきて逃げだそうとしたとき、ふたたび絶句した。
ベッドの周囲を、いくつもの老人の顔が取りかこんでいるのだ。
その顔たちはモゴモゴと、歯のない口でなにかを訴えかけてくる。
Y美さんは恐怖のあまり、気を失ってしまった。
なにやら異変を感じたケイちゃんがのぞきにいくと、床にたおれているY美さんをみつけた。
同時に、Y美さんの周囲に、白いモヤのようなものがいくつも立っているのに気づく。
ケイちゃんは本能で飼い主の危機を感じ、牙をむいてけたたましく吠えた。
その声で、なにごとかと家族が集まる。
するとモヤは、逃げるように消えてなくなった。
「……考えてみたらレンタルベッドって、使い回しですもんね。ってことは、ウチにくる前はべつな誰かが使っていたんですよね……。で、その人がなにかの理由で使わなくなったから、ウチに来たんでしょ。当然、おはらいとか……してませんよね……」
いい終わるとケイちゃんは、あのときの恐怖を思い出したのか、ぶるる、っと震えた。
※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。
ネコいぬ怪談
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