新宿でノラ猫をしている、シロくんにうかがった。
「あれは年末のころでね、だんだん夜が冷えてきたころだったよ。人間たちがボーネンカイとかいう集まりをよくしてたな」
路地裏の屋根の上にいて、人の往来をながめていたのだという。
「マタタビでも決めてんのか? っていう感じのサラリーマンの男がフラフラ歩いてきたんだよ。立ちションでもしようとしてたみたいなんだけどさ」
すると路地の奥から、
「――ぅおいッ! おおおいッ!」
荒い語気で、サラリーマンが呼び止められた。
視線をむけると、ガッチリした体格の男がガニマタで歩いてくる。
その風貌で、すぐに暴力団関係者とわかった。
「ぅおい、ゴラァぁッ! デメぇぇッ!」
怒りの矛先はあきらかにサラリーマンにむいている。
だが、なんの心あたりもないようで、すっかり酔いのさめたサラリーマンはとまどっているようだった。
おびえて立ちすくんでいるサラリーマンにせまってくるガニマタ男。
その姿が街灯の下に入ってハッキリ照らされたとき、ようすがおかしいことに気づいた。
何度も何度も殴られたのか、顔面が丸々とはれあがっている。
さらには頭部の左側がえぐり取られたように、ザックリと欠けて削れている。
血まみれで近づいてくるその男の顔は、まるで幼児むきテレビアニメの主人公のようであった。
「ほら、あるだろ。人間の子供が好きなキャラクターで、菓子パンをモチーフにしたあのキャラクターだよ」
しかし、愛らしさはまったく皆無である。
それどころか、殺意と怒りで満ち満ちている。
そんなガニマタ男は、どんどんサラリーマンに近づいてくる。
逃げなきゃ。
すぐに逃げ出さなきゃ。
サラリーマンはそう思うようだが、意に反して体が動かない。
ガニマタ男がすぐ目の前までくる。
びゅうびゅうという荒い呼吸音が聞こえる。
仁王のような憤怒の形相。
あのサラリーマン、殺されるぞ。
シロくんがそう思ったとき、
「――こっち! こっちです!」
という女性の声が聞こえてきた。
ちらりと視線をやると、水商売風の女性が警察官をふたり引きつれて走ってきた。
サラリーマン涙をうかべ、懇願する目でアピールするが、声にならない。
まるで、立ったまま金縛りにでもあっているようだ。
三人はサラリーマンとガニマタ男を無視し、目の前の路地に走っていってしまった。
あぜんとするサラリーマン。
シロくんもなぜ助けないのかと疑問におもったとき、一瞬にして、ガニマタ男が消えた。
同時に、サラリーマンは金縛りから自由になったようだった。
「……え?」
目の前でおきたことが理解できなかったようだが、サラリーマンは足をもつれさせながら、すぐにその場から逃げていった。
「あのときな、路地の奥の店で暴力団員同士のトラブルがあったらしいんだよ。被害者のガニマタ男はさ、何人もの相手に袋だたきにあって、そりゃあむごい殺されかただったらしいよ」
と、取材のお礼である、ちゅーるをなめながら、ライくんがいった。
※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。
ネコいぬ怪談
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