ある日の早朝。
マンションでくらしているヨークシャーテリアのテリーくんが自分のベッドで丸くなって眠っていると、ママさんが青い顔でかけこんできた。
そして、
「――あなたッ! ねぇ、あなたッ!」
荒い呼吸でパパさんをゆりおこしている。
「なんだよぉ、どうしたんだよ」
まだ眠いようで、ぼんやりしたまま、むにゃむにゃと返事をする。
この日、ママさんは早い時間から用事があり、ゴミ袋をさげて部屋をでていった。
だがすぐに、そのゴミ袋をもったまま、部屋にもどってきたのだ。
「ちょ、ちょっと聞いてよ、おねがい、聞いてッ!」
涙をうかべてうったえる。
ただごとじゃないとおもったパパさんは、体をおこした。
するとママさんは、こんな話をはじめた。
マンションの一階にあるゴミ集積所のドアには、
『ゴミはかならず、朝の6時以降にだしてください』
というはり紙がしてある。
あたり前のはなしではあるが、住人たちはそのルールをしっかり守っているようだ。
自分たちも今まではずっとその規則を守ってきた。
だが今日、どうしても始発ででかけなければならない用事ができてしまって、朝の四時半すぎにゴミをだしにいった。
すこし早いくらいならだいじょうぶだろう、という気もちもあったのだ。
生ごみの入った袋をもち、集積所のドアを開けた。
当然、まだ誰もゴミをだしていない。
自分が一番乗りだ。
瞬間、ママさんは絶句した。
そして同時に、なぜ住人がしっかりルールを守っているのかわかった。
せまいゴミ集積所の真ん中。
そこに、ヒザをかかえた女が座っていたからだ。
上半身血まみれで、ニタニタニタニタ笑いながら、狂った目でこちらを見ていたのだ。
ママさんは腰をぬかし、四つんばいのままエレベーターに乗ると、部屋まで逃げてきたのだという。
パパさんは半信半疑だったが、もともと正義感の強い性格なので、もしかしたらケガをした人がいたのかもしれないとおもった。
そしてスエットのまま寝室をでて、1階のゴミ集積所におりていった。
ママさんはそのあいだテリーくんを抱きしめ、背中に顔をうずめながらガタガタと震えていた。
数分で玄関の音がした。
パパさんがもどってきたのだ。
すぐに寝室のドアが開き、顔をあげると、顔面蒼白のパパさんが立っていた。
「ど、どうだった?」
ママさんがたずねると、
「い、いたよ……ッ! 血まみれの女が――」
と、そこまで声にだしたとき、急にママさんが悲鳴をあげた。
パパさんの背後。
開いたドアの下部分。
そこから。
女がこちらを見ていたのだ。
両目を大きく開き、ニタニタ笑いながら――。
※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。
ネコいぬ怪談
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