わんにゃん怪談 『干し柿』


北関東に住む柴犬のハッピーくんにうかがった話だ。



ハッピーくんのご主人であるK田さんは40代の終わりに脱サラし、数年の修行のあと、県道沿いで日本ソバ屋を経営しはじめた。


オープンはじめのころは勝手がわからず、とまどいながら四苦八苦した。


だが家族の協力もあり、今ではなんとか軌道に乗り、他県からの客もおとずれるようになった。



そんなK田さんがハッピーくんの散歩がてら、店で使う山菜を裏山にとりにいったときのことだった。


見なれない6人の男女が山道を歩いてきた。


年代もバラバラな一行は、スーツ姿やゴスロリ風の服などを着ている。


山にくるには似つかわしくない格好であった。



変な人たちだな。


近くにバーベキューでもしにきたどこかのサークルかな。


でも、このへんにキャンプ場なんてあったかな。



K田さんがいろいろ考えながら首をかしげていると、ビデオカメラを手にもったスーツ姿の男性がこちらにやってきて、



「あのう、もしかして○○さんですか?」



とたずねられた。


それでK田さんは、



「いえ。ちがいますよ」



と返事をした。


すると残念そうな顔で集団にもどっていき、そのことを報告したのか、



「アイツ逃げたな」



「ビビったんだよ」



無表情のまま、口々に文句をいいはじめた。

おそらく本人たちは小声で会話しているつもりだろうが、風の加減か、木々に反響しているのか、内容が全部聞こえてきた。



「いいよいいよ。わたしたちだけでもさ」



ゴスロリ女性のひと声で、集団は会話をやめて山の奥へ入っていった。


その背中を見送りながら、以前、この山には心霊番組のロケがきていたとか、アダルトビデオの撮影がきていたとかと聞いたことがあるのをおもいだした。


K田さんは、おそらくそういう関連の人たちなのだろうとひとり納得し、山菜取りを再開したのだった。



それから十日ほどして、数台のパトカーが裏山へむかって走っていった。


近くで民宿を経営している男性が、集団自殺している男女を山中で見つけたのだそうだ。


しかし集団自殺によくありがちな練炭自殺などではなく、全員が木の枝で首をつっていたらしい。


発見されたとき、すでに腐敗していた遺体の首は体重によってちぎれていて、胴体は地面に落ち、頭部は縄にくくられたままであったという。


それはまるで、いくつもの大きな干し柿がぶらさがっているようだったそうだ。


残されていたビデオカメラには、6人全員の遺言と、死に至るまでのすべてが録画されていたという。


そんなことがあってからもK田さんはハッピーくんをつれて山菜取りにいくのだが、ときどき、



「なんだか雰囲気が悪いな……」



と、ひとりごちて、周囲を見まわすことが増えた。

そんなときはかならず、



「○○さんですか~? ○○さんですよね~?」



という問いかけが山の奥から聞こえている。


あの日、ビデオカメラをもってK田さんに話しかけてきた男の声だ。


だが、K田さんはそのことにまったく気づいていない。


ハッピーくんだけに聞こえているのだという。



※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。


ネコいぬ怪談

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

RSS取得