わんにゃん怪談 『最後のたのみ』


パグ犬のすずちゃんが住んでいるのは、地方都市の一軒家だ。


すずちゃんをかわいがってくれる60代の旦那さんと奥さんは、これまで自営業をしていたが、年齢的なこともあり息子にあとをつがせた。


そして自分たちは悠々自適な老後をすごすつもりでいた。




そんなすずちゃんの家の敷地内には、アパートが一棟建っていた。


築年数もそうとうで、耐震化もしていないボロボロのアパートなので、最後の住人の契約が切れるのを待って取り壊すことにしていた。


まったく惜しくはない。


それよりも、自宅を含め、大きなマンションに建てなおしたほうがいいだろうとかんがえた。


銀行も金を貸してくれることになっている。


だが契約が切れる前に、最後の住人が病にたおれ、入院したすえに亡くなってしまった。


七十過ぎの男性だったので、しかたがないともいえるが、なんとも後味が悪い。



後日、男性の子供たちに遺品整理のことで電話をするが、すべて処分してもらってかまわないという。


あまり良好な家族関係ではなかったようだ。


しかたなく中古業者に電話しようとすると、



「まずわたしたちで見てみましょうよ」



奥さんがいった。


引き取れるものや、売れるものがあったらもったいない、というのだ。


多少気がひけたが、それもそうだな、と旦那さんも納得し、日曜の朝、部屋にむかった。



カギをもつ旦那さんのうしろを、すずちゃんを抱いた奥さんがつづく。


部屋をのぞくが最低限の家具と、ジェネリック家電といわれる安価なテレビや冷蔵庫などしかない。


もって帰ってつかいたいものなどひとつもない。


やはり、あとは中古屋に連絡して売ってしまおうとその場で話がまとまった。


だが、部屋をでて自宅に戻ろうとすると、



「ねぇこれ……」



男性の部屋のポストの中に、一通の手紙が入っていることに奥さんが気づいた。


封筒には「大家さんへ」と表書きされている。


裏を見ると差出人はその住人であった。


おそらく、病院から自室宛に送ったのだろう。


奥さんはすずちゃんの体に顔をうずめたまま、封筒の中を見てみろ、とこちらに渡してくる。
旦那さんがしかたなくうけとり、封を開ける。


すると、



『どうやら入院が長引きそうです。もしかするとこのまま帰れないかもしれません。そのときはご面倒をおかけします』



などという文面のあと、



『……ただ、彼女はどうなるのでしょうか?』



とつづいている。



「え? 彼女……?」



旦那さんには意味がわからない。


男性はひとりぐらしで同居人などおらず、ペットなども飼っていない。


それで、



『わたしが引っこすときにはつれていくつもりでしたが、部屋にもどれないとなると、彼女はひとり、置き去りになります。それもかわいそうですから、わたしといっしょに供養してくださいますようよろしくお願いいたします。』



と音読して奥さんに聞かせた。



「なんだよこれ?」 



いいながら奥さんの顔を見るが、当然首をかしげている。



そのとき、すずちゃんは急に総毛だった。


とてもイヤな気配を感じたのだ。


すぐにその方向に視線をむける。



するとせまい共同通路に立つ旦那さんのうしろに、見たことのない女がいた。


三メートル近い、背の高い女。


そんな女が前かがみになって、旦那さんのほほに顔をよせていたのだ。



反射的にすずちゃんは吠えた。


烈火のごとく吠えた。


その声でハッとした奥さんも、今までわからなかった女の存在に気づいた。


そしてかん高い悲鳴をあげる。



だが旦那さんだけはなぜか、しあわせそうにほほえんで、女といっしょに恍惚の表情をうかべていた……。



※電子書籍化する際に、『ネコいぬ怪談』に変更いたしました。


ネコいぬ怪談

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