怪談 『幽霊を呼びだす方法』
Xさんという中年男性はユーチューブに動画をアップしているという。
「まぁスマホだけで動画作れる時代だしさ、もしかしたら一攫千金できるかもしれないでしょ。だから休日のヒマなときにはじめてみたんだけどさ」
しかし現実はそれほど甘くはない。
「とりあえず人気が出そうな、百均グッズを使ったDIYとか中心のチャンネルなんだけどね。自分で言うのもなんだけど、これって二番煎じだよね。おんなじことやっても見た目がいい男とか、主婦代表です、みたいな顔した女のほうが受けはいいでしょ」
多少の再生数は稼げたが、このままやっても勝ち目はないな、と悟った。
「決定的瞬間を撮影できるわけでもないし、金に物言わせてプレゼント企画なんてものもできないし」
そこでたどりついたのが心霊系の動画だ。
「あんなの廃墟行ってこわいこわいって言ってりゃいいんでしょ? ちいさい物音にビクビクしたふりしてさ。金もかかんないし楽だよね」
急な方向転換をした。
だがコメント欄には、
〈土地所有者の許可は取ってますか?〉
〈不法侵入でしょ?〉
〈犯罪行為ですよね?〉
という至極まっとうな意見から、
〈〇〇チャンネルのパクリ〉
〈ぜんぜん怖くない〉
などというバッシングも相次ぎ、心が折れた。
「そんなときにさ、流行しだしたのがチャットGPTとかいうAIのサービスなんだよ」
Xさんはさっそく、どんな動画を作れば再生数があがるか聞いてみた。
「でもさ、ありきたりな答えっていうか、さしさわりのない答えしか返ってこなくてね。おもしろそうなもん、ぜんぜんないの」
ため息をついて天井を見あげたとき、急にひらめいた。
「心霊系動画を作るときにさ、何本か参考がてら見てたんだけど、その中にコックリさんやるのがあってね。自分たちで指を動かしてるくせにギャーギャーさわぐ連中でさ。あれでいいならやりたいけど、オレひとりでチャンネル作ってるからさ。……でね、あんな感じで幽霊と交信すればそれなりに見る人いるんじゃないかっておもって。聞いてみることにしたんだよ。幽霊と話しをする方法」
Xさんはすぐに質問を打ち込む。だがやはり的を射た答えは返ってこない。
「サービスがはじまったばかりだったからか、それとももとが外国のサービスだからうまく日本語が反映されないのか。そのへんはよくわかんないけど」
それで質問のしかたを変えた。
「シンプルにさ、幽霊を呼びだす呪文を教えてほしい、っておねがいしたんだよ」
それらしい返答がくるまで、なんどか文面を変え打ち込んでみると、
「急にぞっと寒気がしたんだ」
パソコンのモニターに表示された文字の羅列。日本語としてはまったく意味をなさない50文字程度のもの。
だがXさんはひと目で確信した。
「正直よくわからないよ。わからないけどさ、これだ、この呪文だ! っておもえたんだ」
興奮しながらすぐにメモを取る。
「あとは深夜、スマホで撮影しながらこれを読みあげればいいんだってガッツポーズしたよ。これですごいバズりかたするぞ、って」
情熱家なのか、はたまた単純なのかはわからないが、翌日には当然仕事へ行かなければならないのに、Xさんはその日の夜、丑三つ時を待ってすぐに実行した。
部屋の電気を消し、ロウソクだけの灯りの中、スマホで撮影する。
アパートのせまい室内でひとり、わけのわからない呪文を読みあげ、
「幽霊さん幽霊さん、どうか姿をお見せください」
と続けた。
だが何の変化もない。
それでおなじ文言をくり返してみる。
それでも変化はない。
最初は緊張でドキドキしたが、だんだん惰性になってきた。
やっぱり無駄なことだったかな。
そうおもったとき、壁をドンッ、とたたかれた。
うるさい、静かにしろ、という隣人からのメッセージだ。
平日の真夜中だ。
当然である。
時刻はすでに3時を過ぎた。
すっかりやる気がなくし、明日は会社を休もうかなと、ふて寝をしはじめたときだった。
ドンドンドン、というドアをたたく音に身を起こした。
隣人が直接文句をいいにきたのかもしれないと身がまえると、
「どうしましたッ? 警察ですッ? どうしましたかッ?」
という声が聞こえた。
え、警察……?Xさんは首をかしげた。
まさか隣人が通報したのか?だがそれほど大きな声で呪文を読みあげていたわけではない。
心あたりはないが、対応しなければマズいことになる予感がして、そっとドアを開けてみる。
すると制服を着たふたりの警察官がいて、
「どうしました? だいじょうぶですか?」
とたずねてくる。
「……あの、はい。……え。なんですか……?」
とまどいながら返事をすると、
「今この部屋から悲鳴が聞こえるって通報がありましてね」
Xさんの背後の室内をのぞくように答えた。
「悲鳴ですか……?」
まったく心あたりがない。
だが警官は、
「部屋の中ちょっと見せてもらえますか?」
矢つぎばやにいい、Xさんがうなずくのと同時に室内に体を入れた。
「あの、なんなんですか?」
もういちどXさんが聞きなおすと、もうひとりの警官が、
「すこし前にですね、この部屋から女性が暴力をふるわれているような悲鳴が聞こえるって通報があったんですよ。それでたずねてきたんですけどね」
そう簡単に説明した。
「いや、女性っていわれても、オレ、ひとりぐらしだし、そんな人いませんよ」
Xさんが釈明するが、目の前の警察官はじっとこちらを見ている。
まるでウソを見抜こうとしている、イヤな視線だった。
「ちょっとあがらせてもらってもよろしいですか?」
室内をのぞいている警察官がいう。
「はぁ、まぁ。どうぞ」
ことわるのもおかしいので、許可をだすとすぐに室内を調べ出す。
その間も、もうひとりの警察官は身の上をたずねてくる。
おそらくは逃げたりしないよう、この場に釘づけにする目的もあるのだろう。
せまい部屋の捜査はすぐに終わり、
「もしかして、大きな音でテレビとか見てましたかね?」
いいながら、警察官がクツをはいた。
「いやぁ、そうかもしれません……」
とりあえずその場しのぎに話を合わせると、警官ふたりでなにか合図をし、簡単な謝罪をして去っていった。
その背中を見送っていると、
「あの、すみません」
声をかけられる。
「オレ、隣のものなんですけど」
ふりむくと20代前半のまじめそうな青年がもうしわけなさそうに立っていて、
「テレビの音っておもわなくて、つい警察呼んじゃったんです……」
ぺこりと頭をさげた。
「あ、そうなんですか。じゃあ、壁をたたいのもの……?」
「はい、女の人の声があまりにつらそうだったので、暴力をふるってるんじゃないかっておもって、やめさせなきゃって……」
「そんな声、ほんとに聞こえてました?」
「はい。2時頃ですかね、殺さないで、殺さないでって。泣き叫んでて」
青年がウソをいっているようにはおもえなかった。
しかも2時頃といえば、幽霊を呼びだす呪文をとなえていた時間と合致する。
Xさんは青年にテレビの音量には気をつけるように謝罪し、部屋に入った。
撮影した動画を確認するためにスマホを手にとった瞬間、
「あちっ!」
おもわず声をあげて床に落としてしまった。
スマホが、異常なまでに発熱していたのである。
嫌な予感がしながらもあらためてスマホを手にとり、熱に耐えながら画面を表示させようとしたが、いっさいなにも映らない。
起動させることさえできない。どんなに操作してみてもムダだった。
「結局さ、スマホが壊れちゃってね、データもぜんぶダメになって。最悪だったよ」
それからというもの、隣人に会うたび、
「昨夜も遅くまでテレビを見てたんですね」
と遠まわしなクレームを入れられることになった。
管理会社からも騒音に関する確認の電話があり、アパートの掲示板には深夜のテレビの音量に関する貼り紙もされるようになった。
それだけではく、あれいらいアパート周辺は警察のパトロール地域にも入ったようで、頻繁にパトカーやバイクに乗った警察官を見るようになったのだという。
「オレにはなんにも聞こえないんだよ、女の悲鳴なんて。それなのに居づらくなっちゃってね」
Xさんはそのアパートを退去したのだという。
ちなみに幽霊を呼びだす呪文というものを教えていただけないかとおねがいしたところ、すでにそのメモ書きは処分しており、手もとには残っていないらしい。
それでXさんに、AIサービスを利用してもういちどその呪文を入手してもらえないだろうかと重ねてたのんでみた。
すると数日後メールが届いたのだが、なんどかためしてみた結果、おなじ文章が表示されることはなかった、という。
AIサービスはさまざまな情報を学習して日々進歩しているため、社会的に有害なものを排除、または表示しないようになってきている。AI黎明期に生み出された幽霊を呼びだす呪文。
もしかすると現在、禁忌の情報とされているものを利用し、作りあげられた文章だったのかもしれない。