結界病棟  第2話  『首くくり』

十日ほど前から誰かがささやく。 死ね死ね死ね死ね。 死んでしまえ。 そう、耳鳴りのように誰かがささやいてくる。 そのせいだろうか。 とある水曜の朝。 ミチルはなぜだか死にたくなった。 毎朝乗る、おなじ通勤電車。 その駅のホームで急に死にたくなったのだ。 すぐに会社に電話し、体調が悪いと告げて休暇をもらった。 それでも帰宅する気にはなれず、反対方向に進む電車に乗ってみようと思いついた。 シートには座らず、ドアの横に立ち外をながめた。 車窓に流れる風景は新鮮で、すこしだけ知らない世界に迷いこんだみたいだった。 そのとき、雑木林が目に入る。 秋をむかえ、赤く色づきはじめた木々。 東京にも、あんな場所があるんだ、と感じたとき。 あそこだ。 あの場所で死ななくちゃ。 直感的にそうおもって、つぎの駅で降りた。 構内を出ると、高架下に簡略化された街の地図があって、目当ての雑木林の場所はすぐにわかった。 途中見かけた百円ショップによって、なわとびを買う。 首を吊るからだ。 百円と消費税だけ払えば死ぬための道具を手に入れられるとは、なんて便利な世の中になったんだろう。 自殺するには快適な世界である。 やがてたどり着いた雑木林。 その入り口には児童公園があった。 何組もの母子が遊んでいる。 そんなわきあいあいとした場所にミチルが入っていけば、なにかしらの…

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